理想の保育者
望ましい保育者とは、人間として望ましい人格を持つことは当然ですが、その人格をこどもに向けられるときには、思いやりのあることがまず望まれます。
思いやりとは子どもの立場に立って考え、子どもの気持ちを汲み取ることのできる能力ことです。
能力を発達させて信頼感が強い子どもに育ち、まかせることによって、子どもには自主性が発達するとともに責任能力を養っていくのです。
だいたいの大人は、子どもが困っていると、すぐ手助けをしてしまいますが、それは子どもから助けを求める機会を奪っていることにもなりかねません。
子どもが何か困っているような様子があっても、子どもからの働きかけがあるまで、待ってみることも必要です。
そうすることによって、子どもは手伝ってもらうとか、わからないという意思表示を引きだすことができるかもしれません。
これらはいじわるのように思われますが、子どもからの働きかけを引き出す上で、有効であると思います。
ママの役割
乳児は独特の感覚的な世界に住んでいて、彼らは積極的に、かつ自発的に外界に働きかける力を持っているが、その欲求を自分で満たす能力は持っていないのです。
さらに、おとなの世界のような、意志の疎通を図るための手段を持ち合わせていないのです。
彼らの外に働きかけるカは、極めて曖昧な表情や身振り、さらに泣き声などになりますが、それらの行動の意味を理解してもらうためには、その曖昧な表現や不完全なことばなどを読み取って、その行為を意味づけしてくれる人が必要なのです。
この時期の子どもが安定して生活すためには、子どもの欲求を的確に読み取り、タイミングよくこたえることを通して、外界の意味を理解することを手助けしてくれる人が必要なのです。
それには、子どもの表情などに周囲が自身のそれを重ねて、読み取れる感性の豊かさや優しさが必要になってくるのです。
子供の世界
子どもと育ちを共にする大人も人間であることを自覚するが、これは2つの意味を持っています。
1つは大人も育ちの中にいて、子どもとの関わりを通して育っているのです。
それは、大人も多くの経験を積み重ねて、ものの感じ方や考え方を修正していますが完全ではないということです。
もうひとつは、子どもは子どもの独自の世界に住んでいるので、子どもの行動を理解するためには、その子どもの世界に入りこまなければ、真に子どもの行動を理解することができないということです。
しかし、見るということは意識をある部分に集中させることであり、そうすると意識を集中させた部分は見えるが、意識を集中させた部分以外は見えないことでもあるのです。
たとえば、この子はこういう子どもだととらえると、そのように思っている部分はよく見えるが、それ以外の部分は見えにくいということになってしまうのです。